オーストラリアのプロデューサー Ninajirachi(ニナジラチ) が、ついにフルアルバム『I Love My Computer』をリリースした。
タイトルが示すように、「コンピュータ」との関係を軸に据えた電子音楽作品だ。デジタルと感情の境界を行き来するような世界観が貫かれている。
Ninajirachiという存在とアルバムの概要
Ninajirachiは、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州出身の電子音楽プロデューサー。
ティーンエイジャーの頃からSoundCloudでトラックを公開し、独自のメロディ感覚と繊細なサウンドデザインで注目を集めてきた。
『I Love My Computer』は、そんな彼女のキャリア初となる本格的なスタジオアルバムだ。
リリースは2025年8月、全12曲・約40分。タイトルやアートワークからも分かるように、「テクノロジーとの共存」「オンライン時代の感情」といったテーマが貫かれている。
サウンドはハイパーポップ、トランス、グリッチ、そして2010年代EDMの要素をミックスしたもの。
まるでコンピュータの中で感情が生まれ、ビートとして形になるような世界観が広がっている。
世間の評価:「2010年代EDMへのオマージュ」
リリース直後から、このアルバムは音楽メディアで高く評価されている。
『The Guardian』は「驚くほど心を動かす、2010年代EDMへの賛歌」と評し、ノスタルジーと新鮮さの同居を称賛。
一方『Sputnikmusic』は「クラブトラックとしての強度と、リスニングアルバムとしての繊細さを兼ね備えた作品」とまとめた。
SNS上でも、特に女性プロデューサーによるハードEDMの再解釈として注目を集めており、Y2K以降の電子音楽リバイバルの文脈で語られることが多い。
「過去を引用しながら、まったく新しい文法で構築している」という評価は、彼女の音作りを的確に表しているように思う。
私の感想:キャッチーで、どこか懐かしい
私自身、このアルバムを聴いて最初に感じたのは「キャッチーなEDM」という印象だった。
ビートは軽快で、シンセのメロディが耳に残る。サイドチェインの効いたキックや煌びやかなパッド音が絶妙に絡み合い、思わず身体が反応してしまう。
ただ、それと同時に、どこか懐かしさがこみ上げてきた。
10年以上前、Capsule のサウンドに熱中していた頃の記憶がふと蘇ったのだ。
特に3曲目の “Fuck My Computer” を聴いた瞬間、
「これは Capsule rmx の “sugarless girl” に似ているかも」と思ってしまった。
もちろん、これは「似ている」というよりも、「あの時代の空気を思い出させる」感覚に近い。
きらびやかで高速なシーケンス、ノイズの混じるビート、そしてメロディの上に漂う軽い憂鬱。
Ninajirachiの音楽は、そうした“懐かしさ”を意図的に、あるいは自然に、取り込んでいるように感じる。
取り込み、そして再構築
とはいえ、彼女の音楽は単なるリバイバルではない。
むしろ、自分の好きなフレーズや質感を血肉化して、新しい形で鳴らしている。
Ninajirachiは、2000年代後半〜2010年代のエレクトロ/トランス要素を大胆に引用しながら、
その上に複雑なリズムパターンや現代的なプロダクションを重ねている。
ビットクラッシュやボーカルチョップ、ピッチ操作を多用しながらも、全体は驚くほどメロディアスだ。
つまり彼女は、「昔好きだった音」をただ再現するのではなく、
それを“今の自分”の文脈で再構築しているのだと思う。
それはまさに、デジタルネイティブ世代の音楽家が「過去を再サンプリングする」行為そのものだ。
機械と感情のあいだで
アルバム全体を通して感じるのは、「コンピュータと感情の共生」というテーマだ。
タイトル曲「I Love My Computer」は、その象徴的な一曲。
無機質なビートの中で、ボーカルが淡々と“愛”を語る。
それは皮肉でも風刺でもなく、まるで自分自身の一部としてコンピュータを受け入れているような口調だ。
この関係性の描き方が面白い。
人間がテクノロジーを支配するのではなく、むしろテクノロジーに寄り添って生きることを自然に肯定している。
Ninajirachiの音楽は、そんな新しい人間像を静かに提示しているように思う。
まとめ:懐かしさと新しさの同居
『I Love My Computer』は、懐かしいエレクトロ・ポップの記憶を呼び覚ましながらも、
それを現在進行形のサウンドとして鳴らすことに成功している。
過去を引用しながら、未来を見据えるアルバムだ。
Ninajirachiは、Capsuleや中田ヤスタカが切り開いた“電子音と感情の融合”を継承し、
それを自分の時代の言葉で更新している。
そう思うと、この作品が持つ意味は単なる懐古ではなく、テクノロジーと音楽の進化の連続性そのものだ。
聴き終えたあと、タイトルがもう一度頭をよぎる。
「I Love My Computer」――
その言葉には、冷たさでも皮肉でもなく、確かな愛情がこもっているように感じた。
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