6年半ぶりに届けられた星野源のフルアルバム『Gen』。この作品には、彼がこれまで見つめてきた「現実」への優しいまなざしが、より複雑で深い陰影を伴って刻まれている。
そのまなざしには、あきらめ——諦観とも言い換えられる——が根っこにある。星野源の音楽は、「人は死ぬ」「幸せは常に不完全だ」というような、逃れようのない道理を直視することで成立している。だが、それは決して冷笑や虚無ではない。「それでも人は生きる。では、どう生きるか?」という静かな問いかけが、彼の楽曲には一貫して宿っている。
『Gen』では、その諦念のトーンに、新たな感情の層が重なる。わずかに差し込む“絶望”の気配。それは悲壮感や哀愁、焦りといったかたちで、歌詞やサウンドの行間から滲む。この微細な変化は、きっと聴く者によっては違和感や痛みとしても感じられるだろう。実際、私の耳には、ざらざらとした手触りの傷のように届いた。しかしそれは、どこか懐かしくて、手放しがたい痛みだった。
アルバム中盤から後半にかけて、じわじわと心に染み込むのが9曲目「Memories」だ。メロウなトラックに乗せて紡がれるこの楽曲は、星野源の“現在地”を静かに示しているように思える。
So we sing a song to cross our paths
Sharing some time to live our lives
That’s worth something, oh
日々は決して「良いことばかり」ではない。むしろ、何気ない日常の連なりが、大半を占める。だが、そこで感じたことを歌にして残すことで、時と場所を超えて誰かとつながることができる。「歌を通して、すれ違ったはずの誰かと、生きた時間を分かち合える」。そのささやかだけれど確かな価値が、この一節には宿っている。
アルバムの最後の曲である「Eureka」は、2025年1月28日に配信がスタートしました。星野源が2025年の三が日、心身ともに疲弊し、何もやる気が起きなかったと言います。しかし、ふとした瞬間に曲作りのモードに入り、一気に書き上げたと語っています。この曲には、2024年に彼が直面した不条理な出来事や、すべての人から攻撃的に見られる状況に置かれた際に感じたこと、そしてその中で「分かった」ことが込められているように感じられます。
また、彼は以前から「自分自身について書かない」というルールを設けていましたが、2022年のシングル「喜劇」以降、その制約を解き放ち、より個人的な想いを楽曲に込めるようになりました。「Eureka」もその流れを汲み、彼自身の感情や経験が色濃く反映されています。
この曲は、クワイエット・ストームと呼ばれるジャンルを意識して制作されました。このジャンルは、1970年代中盤にスモーキー・ロビンソンが発表した『A Quiet Storm』に由来し、メロウでスムーズなサウンドが特徴です。星野源は、自身のルーツにあるジャズやソウルのエッセンスを取り入れ、今を真摯に生きる人々を温かく包み込むようなサウンドに仕上げています。
「Eureka」の歌詞には、「“今”は過去と未来の先にあるんだ」というフレーズがあり、リスナーに深い印象を与えています。この歌詞は、星野源自身が意識的に考える前に自然と出てきたもので、彼の中にあった感覚が無意識のうちに表現されたものです。このような瞬間が、彼の創作における重要な要素となっています。
「Eureka」のミュージックビデオは、写真家の川島小鳥が監督を務め、楽曲制作の現場に密着した映像で構成されています。また、俳優の仲野太賀がゲスト出演し、リラックスした雰囲気の中での談笑シーンが収められています。この映像は、楽曲の持つ透明感や静けさを視覚的に表現し、星野源の「今」を鮮やかに記録しています。
「Eureka」は、『Gen』の最後を飾る楽曲です。アルバムを初めから通して聴くと、『創造』から始まる前向きで「やれる気がする」明るい雰囲気から、後半に行くにつれて、悲しみや諦め、やさぐれた気持ちがヘドロのように漂うふざけた世の中で、たまに見える「虹」や「寂しいを分け合える」ことが、救いなのかな。いずれにせよ、この曲がその感情の集大成として位置づけられているように感じられます。星野源の内面と深く向き合ったこの作品は、我々リスナーにとっても心に残る一曲となるでしょう。また、事実とは相反する内容のことで他人を非難したり、悪意のあるレッテルを貼って、他人の大切なものの本来の意図や価値を無かったことにするような行為は、絶対にあってはならないし、そこに傷つく人がいることを知りました。
「Eureka」は、星野源が自身の感情や経験を音楽として昇華させた、深い意味を持つ楽曲です。彼の音楽的探求と個人的な想いが融合したこの作品は、多くの人々の心に響き、共感を呼んでいます。
『Gen』は名盤だ。繰り返し聴くごとに、新たな景色が見える。あるときは痛みを、あるときはやさしさを、そしてあるときはまだ言葉にならない「何か」を残していく。その何かを、自分の中でじっくりと育てていくためのアルバムだ。
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