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藤井風『Prema』レビュー──英語詞への挑戦と「藤井風らしさ」をめぐる葛藤

藤井風 音楽
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2025年9月5日、藤井風がリリースした3枚目のスタジオ・アルバム『Prema』。彼の音楽を追いかけてきたリスナーにとって、この作品は少し特別な響きを持って受け止められたのではないでしょうか。なぜなら、本作は彼にとって初めての全曲英語詞によるアルバムであり、さらにプロデューサーがYaffleから韓国の250(イ・ホヒョン、イオゴン)へと変わったことで、サウンド面でも大きな変化が生まれているからです。

私自身、このアルバムを聴きながら複雑な感情を抱きました。一方で、藤井風の国境を越えたチャレンジ精神に大きな敬意を覚えます。けれども同時に、「日本語の機微を理解して、言葉を操る彼らしさ」が後退し、どこか“洋楽の中の良作”の一つに収まってしまったようにも感じられたのです。今回は、そんな『Prema』の背景や特色、そして特に心に残った楽曲「Love Like This」と「I Need U Back」を中心に掘り下げてみたいと思います。

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英語詞という挑戦──より多くの人に届けるために

まず特筆すべきは、全編英語による歌詞でしょう。藤井風はこれまで、日本語を巧みに操ることでリスナーの心に深く訴えかける音楽を作ってきました。彼のユーモラスな言葉選びや繊細なニュアンスは、日本語話者にとって大きな魅力の一つでした。しかし今回、その表現の軸を英語へと移したのです。

なぜ英語なのか。おそらくその理由は明快です。より多くの人に、自身のメッセージを届けたいから。日本語という限定的な言語空間から飛び出し、英語というグローバルな共通言語を選んだことで、藤井風はより広いリスナーと感情を共有できる可能性を手にしました。実際、世界的なメディアは『Prema』を「国境を超えた普遍的な愛と癒しのアルバム」と評しています。

しかしその一方で、私たち日本語話者にとってはどうでしょうか。歌詞の細やかなニュアンスを瞬時に理解できないため、距離感を覚える瞬間があるのも確かです。「日本語ならもっと直感的に共感できたのに」と思う場面があるのは否めません。この点が、本作を“藤井風のアルバム”ではなく“洋楽の中の一枚”のように感じさせる理由の一つかもしれません。

サウンドの変化──Yaffleから250へ

サウンド面でも、本作は大きな転換点を迎えています。これまで藤井風の音楽を支えてきたのは、日本のプロデューサーYaffleの存在でした。繊細で緻密なサウンドデザインは、藤井風のピアノや声を引き立て、日本語詞との親和性も高かったと感じます。

しかし『Prema』では、プロデューサーが韓国の250に代わりました。250といえば、NewJeansの音楽を手がけるなど、K-POPシーンで独自の存在感を放つプロデューサーです。その影響は『Prema』にも色濃く反映されています。リズムの切れ味や低音の強さ、ビート感の鮮やかさは、これまでの藤井風にはなかった要素であり、よりグローバルなリスニング体験を生み出しています。

ただし、その結果として「藤井風らしさ」が薄れたと感じるリスナーも少なくないでしょう。彼独自の“温かさ”や“親しみやすさ”が、洗練された都会的なサウンドの中に埋もれてしまったように思えるのです。私自身も、この変化を「面白い」と思う一方で、心から「藤井風のアルバム」と受け止めるには少し戸惑いを覚えました。

「Love Like This」──普遍的な愛への問いかけ

そんな中で、私が特に惹かれた曲が「Love Like This」です。藤井風自身、この曲について「ラブソングであり、別れの歌であり、セルフラブでもある」と語っています。つまり、単なる恋愛の歌ではなく、人間が人生の中で直面する愛の形そのものを問いかけているのです。

歌詞の中では「純粋な愛とは何か?至高の喜びとは何か?」と自問しながら、その答えをまだ知らない自分を正直に描いています。けれども、その“わからなさ”を逆に歌にすることで、聴き手に深い共感を呼び起こすのです。英語という言語を用いることで、この問いはより普遍的に響き、国境を越えて人々の心に届くものとなっています。

サウンドはシンプルで落ち着いており、アンビエントな空気が漂います。過剰な装飾を排し、あくまで歌声と言葉を中心に据えることで、愛という大きなテーマが静かに、しかし力強く伝わってきます。この楽曲を聴いていると、藤井風が英語を選んだ意味が少し理解できる気がしました。言葉を超えて伝わる「普遍的な愛」というテーマに、最も適した表現が英語だったのかもしれません。

「I Need U Back」──後悔と再生を描くストレートな叫び

もう一つ、強く心に残ったのが「I Need U Back」です。この曲は、失われた愛を取り戻したいという切実な願いを、驚くほどストレートに描いています。冒頭では「情熱を失い、光を見失った」と歌い、神に祈るように「もう一度輝きを取り戻したい」と願います。その姿は、リスナー自身の弱さや後悔を映し出す鏡のようです。

プレコーラスでは、自分の過ちを素直に認めます。「横柄でスキャンダラスだった」と過去を振り返り、「もう一度チャンスを与えてほしい」と訴えるのです。そしてサビでは「I need you back」「生きなきゃ」「これは死ぬタイミングじゃない」と力強く歌い上げます。ここには、愛を取り戻す願いと同時に、もう一度生き直したいという強い意志が込められています。

サウンドは軽やかでポップですが、その裏には強い切実さが流れています。軽快なメロディと重いテーマの対比が、この曲を特別なものにしています。聴いているうちに、藤井風が自身の心の奥底から叫んでいる声が、ダイレクトに胸に迫ってくるのです。英語という言語が、その切実さをよりストレートに表現する役割を果たしていると感じました。

『Prema』をどう受け止めるか──挑戦と戸惑いのあいだで

『Prema』は、藤井風が新たなステージに踏み出したアルバムです。英語詞と新たなプロデューサーの起用によって、彼の音楽は大きな広がりを見せました。世界に向けた挑戦として、その意義は非常に大きいといえるでしょう。

しかし同時に、これまで藤井風の日本語詞に魅了されてきたリスナーにとっては、「藤井風らしさ」が希薄になったと感じるのもまた事実です。言葉のユーモアや独特の情感表現、日本的な風景を想起させる描写が減ったことで、彼独自の色合いが見えづらくなったのです。

私は『Prema』を聴きながら、これは“洋楽の中のいいアルバム”であると同時に、“藤井風のアルバム”としては少し物足りない、と感じました。けれどもその戸惑いこそが、藤井風の挑戦の証でもあります。アーティストが新しい道を切り拓くとき、必ずしもすべてのリスナーが同じ方向を向くわけではありません。だからこそ、この作品をどう受け止めるかは、聴き手一人ひとりに委ねられているのです。

結論──挑戦の先に広がる未来

『Prema』は、藤井風にとって大きな挑戦であり、世界への扉を開く重要な作品です。全編英語詞による普遍的なメッセージ、250とのコラボレーションによるグローバルなサウンドは、新しい藤井風像を提示しました。

一方で、従来の“藤井風らしさ”を求めるリスナーにとっては、どこか物足りなさや退屈さを感じさせる部分もあるでしょう。私自身もその一人です。しかし、「Love Like This」に込められた普遍的な問いかけや、「I Need U Back」のストレートな叫びに触れるたびに、英語という選択が必然であったことも理解できるのです。

このアルバムを経て、藤井風が次にどのような表現を見せてくれるのか。再び日本語で歌うのか、それともさらに世界を意識した音楽を続けるのか。いずれにせよ、『Prema』は彼のキャリアにおいて大きな転換点となったことは間違いありません。挑戦の先に広がる未来を楽しみにしながら、今はこのアルバムの余韻に浸りたいと思います。

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