おととい、映画『バイオハザード』を観た。笑えて、面白かった。
以前までの実写シリーズにあった、クールで、アクションの手数が多彩な空気とは、まるで違う映画だった。素人の男が、ゾンビから逃げながらも、逃げ去ることを選ばない。目標の場所までたどり着こうと、一生懸命に歩く。そんな冒険譚だった。
私はゲームの『バイオハザード』を、クリアしたことがない。怖くて、とにかく怖くて、途中でやめてしまった。だから「笑える」という前情報を見たとき、興味が先に立った。その足で、劇場へ行った。
感想の輪郭を書く前に、誰が、どんな意図でこの映画を作ったのかを置いておきたい。笑えた場所と、最後に残った可哀想さは、作り手の言葉と重なって見えた。
普通の男を、ゲームの中へ放り込む
監督はザック・クレッガー。『バーバリアン』(2022)、『WEAPONS/ウェポンズ』(2025)の人である。カプコンの「バイオハザード」を、ファンとして新たに映画化した。日本公開は2026年10月9日。94分。R15+。原題は Resident Evil。配給はソニー・ピクチャーズ エンタテインメント。全米は9月18日。ゲームシリーズのリリース30周年にあたる秋である。
脚本はクレッガーとシェイ・ハッテンの共同。オースティン・エイブラムスが、医療品の配達員ブライアンを演じる。共演はザック・チェリー、カーリー・レイス、ポール・ウォルター・ハウザー。恋人ミシェルの声はサラ・パクストン。ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の実写シリーズとも、2021年の『バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』とも、物語は繋がらない。
公式のコンセプトは、一行にまとまっている。「もしもゲーム『バイオハザード』の世界に放り込まれたらどうなるか?」。ファミ通が紹介した監督コメントでは、ブライアンの環境は7〜8分ごとに変わり、ステージが移行していく感覚だと語られている。武器も進化する。ハンドガンから始まり、ショットガン、最終的にはマシンガンへ。行く手を阻む南京錠、回復の救急スプレーとハーブ、部屋のタイプライター。ゲームならそこでセーブできる。映画のブライアンに、やり直しはない。
THE RIVERのインタビューで、クレッガーは、T-ウイルスもアンブレラ社もラクーンシティも出てくる、と答えたうえで、トーン、テンポ、付きまとう恐怖、ロケーションごとの脅威までを「ゲームのDNA」と呼んでいる。武器が段階的に強くなり、弾薬とリソースを気にしながら進むことも、「すべてゲームから直接持ってきています」と言う。別の題名で公開したら、観客の側が「これは『バイオハザード』の映画版だ」と言うだろう、とも。
IGNの取材では、レオンのようななじみの主人公は描かない、と話している。なじみの人物がいない点では正史ではない。ラクーンシティの命運を握る日を描く意味では正史だ、という置き方である。監督が挙げるらしさは三つのリズムだった。場面ごとに恐怖が変わること。武器が段階的に強くなること。物資を探し続けること。「ショットガンを手に入れたけど、弾がない。だったら弾を見つけなければなりません」。それが抜けたら、「ゲームへのきちんとしたラブレターにはなりません」と言う。
笑いは、ジョークの外側にある
クレッガーはコメディ畑の出身でもある。THE RIVERのインタビューで、ユーモアは重要だと認めたうえで、映画のなかにジョークを置くことは避けている、と話している。見せたいのは、異常な状況に対する、誰もがしそうな反応だ。恐ろしいほど、笑いの余地は大きくなる。あまりにも異様だから、と。
エイブラムスも、この設計に沿って語っている。ブライアンは、自分が何をしているのか分かっていない。こんな状況にいるはずの人間ではない。銃の扱いも、弾薬の入れ方も分からない。そのずれから、コメディが出てくる。
米Deadlineでは、監督がトーンをサバイバルホラーと呼んでいる。最初は闇のなかを這うように進み、ある時点から命からがら走り出す。その空気が、ゲームへのラブレターだ、と。尺は、余計なカロリーを足さない物語にしたかったと言う。THE RIVERによれば、始まって5分くらいでアクセルを踏み、最後までほとんど止まらない。ホラー版の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』という例えにも、監督自身が頷いている。
日本版ポスターのコピーは「90分間、逃げろ。」である。公式サイトも、能力のない一般人にできることは逃げることだ、と書く。ここまでが、作り手の地図だ。
もう一つの怖さは、子どもを迎えること
ブライアンの恐怖は、怪物だけでは始まらない。Deadlineでクレッガーは、彼を「大人の人生が始まったばかりの男」と呼んでいる。仕事はある。キャリアではない。愛している関係がある。その関係は危機のなかにある。恋人は妊娠していて、彼はまだ準備ができていない。「自分の人生はどうなるのか」。始まりの時点で、彼はすでに自分だけのホラー映画の中にいる。そこへ本物のホラーが割り込み、日常で怖がっていたものの大きさが見え直される、と。
米Empireでは、監督がもう少し自分の側へ言葉を寄せている。前作『WEAPONS/ウェポンズ』がグリーフの出口だったように、本作にも個人的な接続がある。「自分が何と向き合ってきたか、観客には分かるだろう。これも自伝的だ」。ラクーンシティは、一つの問いを置く場所になっている。「ますます悪くなっていくように見える世界に、子どもを連れてきていいのか」。その問いと格闘している途中で、この人物は、想像していたよりもさらに悪い世界を知る、と。
物語の表向きは、単純である。ブライアンは、ある病院で「取扱注意」と記された医療バッグを託され、ラクーンシティ総合病院へ向かう。路上に飛び出した血まみれの女と衝突したところから、一夜が壊れていく。届ける先はある。生き延びる手順は、その場その場でしか分からない。
ここから先は、観たあとに残ったものの話である。結末に触れる。未見の人は、一度劇場で見てから戻ってきてほしい。
怖くてやめたゲームを、「笑える」と聞いて見に行った
ゲームは、途中で閉じてしまった。暗がり、少ない弾、次の扉の向こうが分からない感じ。あの怖さが身体に残って、クリアまで行けなかった。映画の前情報で「笑える」と知ったとき、初めて、自分から見に行けるバイオハザードになった。劇場では、その前情報のとおり笑えた。落ち込みの原因だった嫌なことを、スクリーンの前で一度置けた。
逃げながら、逃げない
ポスターは「逃げろ」と書いている。観ているあいだの身体は、たしかに逃げていた。音が鳴るたびに肩が上がる。ブライアンも、まともに戦える人間ではない。銃は心もとなく、状況の意味も、すぐに飲み込めない。
それでも物語の芯は、逃走の先にあった。逃げながら、目標の場所へたどり着こうとする。届け物を、病院まで持っていく。下手なまま、怖がったまま、素人の男が距離を詰める。仲間が増えても、歩くのは素人のままである。一生懸命さが、冒険の推進力になっていた。
弾を数えるところに、愛が出る
作り手の「バイオハザード」への愛は、設定の説明より先に、手の動きで分かった。武器は、少しずつ強くなる。そのたびに、安心が少しだけ増えて、次の脅威でまた削られる。弾の残数を気にしながら進む。撃つか、残すか。その判断が、画面の緊張そのものになっている。
監督が「ラブレター」と呼んだ条件は、劇場でそのまま体感だった。新しい武器を手にしたときの、助かった、という感覚。弾がなければ、探さなければ先へ行けない感覚。クリアしていない私の、途中までの記憶と、この映画の呼吸は揃っていた。
研究者との間
中盤、仲間になる人たちには、それぞれクセがある。とくに研究者とのやり取りが、よく笑えた。言葉の内容より、間の置き方である。一瞬おく。視線がずれる。返事が、状況に対して少しだけ遅い。あるいは、正直すぎる。極限のなかなのに、その人がその人の速度で話している。
クレッガーの言う「誰もがしそうな反応」が、研究者の呼吸にまで及んでいる。恐怖の直後に、その間が来る。怖がりながら、いつもの速度で喋っている。そこが絶妙で、一人の逃走が、少しだけ旅の形になった。
怖いから動いたところが、可笑しい
笑った場面を思い返すと、多くは、怖いからとった行動だった。本人たちは一生懸命で、こちらが笑っている。
北野武は、2023年11月の日本外国特派員協会の会見で、「シリアスなこととお笑いというのは表裏一体というか、お笑いというのは悪魔だと思ってる」と話している。結婚式や葬式のように、みんなが緊張する場所へ、笑いが忍び込んでくる、と。2007年のインタビューでも、怖い顔で緊張しているところに悪魔のように笑いが忍び込み、銃の向きが逆さになっただけで腹を抱えて笑う、と語っている。本人は真剣だ。怖いから動いている。そのずれが、笑いの側へひっくり返る。
クレッガーが、ジョークを置くことは避けている、と言っていたのは、このことだと思った。ブライアンは笑わせにいっていない。怖がった素人の動きが、そのまま可笑しくなる。
命の扱い方と、腹を括るのが遅い場面
テーマは、なんだろう、と考えた。ひとつに決めるのは早い。それでも、観終わったあとに残った言葉は、命の扱い方だった。
感染した命が、どう扱われるか。届ける荷物が、誰の命のためのものか。そしてブライアン自身が、これから生まれてくるかもしれない命を、どう扱うつもりでいたか。監督がEmpireで置いた問い、「悪くなっていく世界に、子どもを連れてきていいのか」は、この映画の底でずっと鳴っていたように思う。
ブライアンと、恋人のミシェルは、電話で話す。出産するか、しないか。それが、まだ決まっていない。お互いにヤキモキしている。彼は子どもじみていて、このまま子どもじみて過ごしたかったように見えた。子どもを産むこと、親の側に回ることに、抵抗がある。日常のホラーは、怪物より先に、そこにある。
最後、自分の死を感じたとき、彼は初めて腹を括る。子どもが産まれてくれたら、と。俺も大人にならなきゃ、変わらなきゃ、と思う。あの場面は、いいシーンだった。ここまで先送りにしてきた男が、死の感触のなかで、初めて自分の変化を引き受ける。
その直後、物語は彼を引き戻す。余韻のなかに置いてはくれない。アクセルを踏み続けてきた映画が、ここでも止まらない。気持ちが動いた瞬間に、次の出来事が来る。いいシーンだったからこそ、置いていかれる感じが残った。
目的は、達成する。届けようとした場所へは、たどり着く。それでも最後は、可哀想だった。頑張った夜の終わりが、救いの形では戻ってこない。
少し元気になる映画
劇場に入る前、私は少し沈んでいた。ちょっとした嫌なことがあり、気持ちが後ろへ下がっていた。
『バイオハザード』は、その夜、笑える映画として効いた。ゲームを途中で閉じてしまった人間が、プレイヤーの怖がり方ごと画面へ連れられて、笑ってしまう。弾を数え、間のいい研究者に付き合い、先送りにしてきた男の遅すぎる決心まで見て、最後に可哀想な気持ちになる。
持って帰ったのは、笑えたという事実だった。落ち込みの表面が、一度ほぐれた。また嫌なことがあっても、研究者のあの間を思い出せば、少しは息がつける。素人が目的地まで歩く一夜は、私の夜も、少しだけ前へ押してくれた。
参考(本記事で参照・確認した情報)
- ソニー・ピクチャーズ:映画『バイオハザード』2026年10月9日(金)日本公開決定 https://www.sonypictures.jp/corp/press/2026-05-21-0
- 映画『バイオハザード』オフィシャルサイト https://biomovie.jp/
- 映画.com:バイオハザード(作品情報・あらすじ) https://eiga.com/movie/106123/
- ファミ通:ザック・クレッガー監督が作品に詰め込んだ“仕掛け”を明かす特別映像 https://www.famitsu.com/article/202609/87616
- THE RIVER:【インタビュー】『バイオハザード』恐怖と笑い、ノンストップの90分 https://theriver.jp/resident-evil-interview/
- IGN Japan:監督が考える「バイオハザード」らしさ、「ゲームへのきちんとしたラブレター」 https://jp.ign.com/resident-evil-2026/83257/
- Deadline:Zach Cregger & Austin Abrams interview(Comic-Con、2026年7月23日) https://deadline.com/2026/07/zach-cregger-austin-abrams-resident-evil-film-interview-1237002306/
- Empire:Resident Evil Is ‘Most Violent Thing I’ve Ever Done’, Says Zach Cregger(2026年7月27日)https://www.empireonline.com/movies/news/resident-evil-most-violent-thing-ive-ever-done-zach-cregger-exclusive/
- マイナビニュース:北野武監督、次回作のテーマは「暴力映画におけるお笑い」(2023年11月15日、日本外国特派員協会での会見)https://news.mynavi.jp/article/20231115-2819300/
- シネマトゥデイ:『監督・ばんざい!』北野武 単独インタビュー(2007年6月4日) https://www.cinematoday.jp/interview/A0001412

コメント